家族信託とは?実家の「資産凍結」を防ぐ仕組み・費用・注意点
「介護費用にあてるため実家を売ろうとしたら、親が認知症で売買契約ができないと言われた」——これが、いま多くの家庭で起きている「資産凍結」問題です。不動産の売却や定期預金の解約は本人の意思確認が前提のため、判断能力が失われると、家族であっても親の資産を動かせなくなります。
家族信託(民事信託)は、親が元気なうちに財産の管理・処分の権限を信頼できる家族に託しておくことで、この凍結を防ぐ仕組みです。成年後見制度より柔軟な財産管理ができる一方、費用や受託者の負担、対応できない財産があるなどの注意点もあります。
本記事では、家族信託の仕組み・できること・成年後見制度との違い・費用相場・注意点を、2026年7月時点の一般的な実務に基づいて解説します。信託や相続はまさに個別事情次第の分野です。本記事は概要であり、実際の設計は司法書士・弁護士・税理士等の専門家に必ず確認してください。
認知症で起きる「資産凍結」——実家が売れない・預金が動かせない
不動産の売買契約や定期預金の解約・大きな出金には、本人の判断能力(意思能力)が必要です。認知症が進行して判断能力が失われたと判断されると、たとえ本人のための出費であっても、家族が代わりに実家を売ったり預金を引き出したりすることは原則できません。意思能力を欠く状態で行われた契約は無効とされるため、不動産会社も金融機関も手続きに応じられないのです。
典型的なのは、「親が施設に入ることになり、空き家になる実家を売って入居一時金と介護費用にあてたい。しかし親は既に重度の認知症で契約できない」というケースです。この段階で取れる手段は原則として成年後見制度だけになりますが、後見制度では家庭裁判所の関与のもとでしか財産を処分できず、本人の生活に必要な場合等に限られるなど、家族の思いどおりに動かせるわけではありません。
資産凍結への備えは、親の判断能力があるうちにしかできません。「まだ元気だから」と先送りしているうちに軽度認知障害や認知症の診断が付くと、選択肢が一気に狭まります。家族信託は、この「元気なうちの備え」の代表的な手段です。
家族信託の仕組み——委託者・受託者・受益者の三者関係
家族信託は、財産を託す「委託者」、託されて管理・処分する「受託者」、財産から生じる利益を受け取る「受益者」の三者で構成されます。実家の凍結対策では、親が委託者兼受益者、子が受託者となる形が典型です。
具体的には、親と子が信託契約を結び、実家(や金銭)の名義を受託者である子に移します。ただしこれは贈与ではありません。子はあくまで「管理・処分する権限」を預かるだけで、財産から生じる利益(売却代金や賃料を親の生活費・介護費にあてること)はすべて受益者である親のものです。親が委託者兼受益者である限り、名義を移しても贈与税は課されないのが原則です。
信託契約の内容は公正証書で作成するのが一般的で、信託した金銭は受託者個人の口座とは別の「信託口口座」で管理し、不動産には信託を原因とする所有権移転登記と信託登記を行います。こうして「親が判断能力を失っても、子が契約当事者として実家を売却し、代金を親のために使える」状態を作っておくのが家族信託です。
名義は子に移っても、固定資産税の実質負担や売却代金の帰属は親(受益者)側です。「子に名義を移す=子のものになる」わけではない、という点が家族信託を理解する最大のポイントです。
家族信託でできること——管理・売却から次の承継先の指定まで
家族信託で託せる財産は、自宅・収益アパートなどの不動産、金銭、未上場株式などです。受託者は信託契約で定めた権限の範囲で、実家の管理・修繕・売却、賃貸アパートの賃貸借契約や大規模修繕、信託金銭からの介護費・施設費の支払いなどを、親の判断能力に左右されずに行えます。
さらに、「受益者連続型」という設計にすると、親が亡くなった後の受益権の行き先を信託契約であらかじめ指定できます。たとえば「父が亡くなったら受益権は母へ、母も亡くなったら長男へ」というように、二次相続以降の承継先まで指定できるのは、遺言ではできない家族信託ならではの機能です。
一方で、家族信託は財産管理の仕組みであり、すべてを解決するわけではありません。信託していない財産(年金受給口座など)は対象外ですし、後述のとおり身上監護(施設入所契約や医療同意など本人の身の回りの法律行為)はカバーしません。
成年後見制度との違い——柔軟さと監督のトレードオフ
判断能力を失った後の公的な仕組みとしては成年後見制度(法定後見)があります。しかし後見制度は本人の財産を「守る」ための制度であり、家庭裁判所の監督のもと、財産の処分は本人の利益のために必要な場合に限られます。居住用不動産の売却には家庭裁判所の許可が必要で、相続税対策や資産の組み替えのような積極的な活用は基本的にできません。また、専門職後見人が選任されると月2万〜6万円程度の報酬が本人が亡くなるまで続きます。
家族信託は、判断能力があるうちに契約で設計する私的な仕組みで、信託契約に定めた範囲であれば裁判所の関与なく柔軟に財産を管理・処分できます。その代わり、受託者を監督するのは基本的に家族自身であり、受託者の使い込みなどを防ぐ設計(信託監督人を置く等)は自分たちで考える必要があります。
両者は対立するものではなく役割が違います。財産管理は家族信託でカバーし、施設入所契約などの身上監護が必要になったら後見制度(任意後見を含む)を併用する、という組み合わせも実務では検討されます。どの組み合わせが適切かは家族構成と財産内容によるため、専門家に相談して設計してください。
| 項目 | 家族信託 | 成年後見制度(法定後見) |
|---|---|---|
| 始められる時期 | 本人に判断能力があるうち | 判断能力が不十分になった後 |
| 財産管理の主体 | 契約で定めた家族(受託者) | 裁判所が選任した後見人 |
| 監督 | 家族内(信託監督人を置ける) | 家庭裁判所・後見監督人 |
| 不動産売却 | 信託契約の範囲で受託者が可能 | 本人のため必要な場合(居住用は裁判所の許可) |
| 継続費用 | 原則なし(設計時にまとめて発生) | 専門職後見人なら月2万〜6万円程度が継続 |
| 身上監護 | 対象外 | 後見人の職務に含まれる |
| 死後の承継指定 | 受益者連続で指定可能 | 不可(相続・遺言による) |
費用相場——総額数十万円〜100万円超を見込む
家族信託は自分で組成することも法律上は可能ですが、契約条項の不備が将来の紛争や手続き不能に直結するため、専門家(司法書士・弁護士等)に設計を依頼するのが一般的です。費用の内訳は次のとおりです。
専門家のコンサルティング・組成報酬は、信託財産の評価額に連動する料金体系が多く、評価額の1%前後(最低30万円程度〜)が目安とされます。これに公正証書の作成手数料(財産額に応じて数万〜十数万円程度)、不動産を信託する場合は信託登記の登録免許税(土地は固定資産税評価額の0.3%※2026年3月までの軽減、建物は0.4%)と司法書士の登記報酬が加わります。
合計すると、自宅1軒と金銭を信託する標準的なケースで総額50万〜100万円前後、収益不動産を含む場合は100万円を超えることも珍しくありません。決して安くはありませんが、成年後見で専門職後見人の報酬が10年続いた場合(月3万円なら総額360万円)と比較して検討する価値はあります。
注意点と始めるタイミング——判断能力があるうちに
家族信託には固有の注意点があります。契約前に次の点を必ず確認してください。
家族信託は「親に判断能力があるうち」にしか組成できません。認知症の診断が付き判断能力が失われた後では契約できず、残る手段は原則として成年後見制度だけになります。実家の将来に少しでも不安があるなら、元気なうちに家族で話し合い、専門家への相談を始めることが何よりの対策です。本記事は概要であり、具体的な設計・税務は司法書士・税理士等の専門家に確認してください。
- 受託者には分別管理義務・帳簿作成義務がある(親の財産と自分の財産を混ぜず、収支を記録し続ける負担がある)
- 身上監護(施設入所契約・入院手続き・医療同意など)は家族信託ではカバーされない(任意後見等の併用を検討)
- 税務上は受益者に課税されるのが原則(パススルー)で、家族信託自体に節税効果はない
- 信託口口座の開設に対応していない金融機関がある(対応金融機関を事前に確認)
- 住宅ローンなど抵当権付きの不動産は、債権者(金融機関)の承諾なしに信託すると期限の利益喪失等の問題が生じ得る
- 信託した不動産の損失は他の所得と損益通算できない(収益物件を信託する場合の税務上の論点)
- 受託者を1人の子にすると他の兄弟姉妹が不信感を持つことがある(家族全員への説明と合意形成が重要)
よくある質問
- 家族信託の費用はいくらかかりますか?
- 専門家の設計・組成報酬(信託財産評価額の1%前後、最低30万円程度〜)、公正証書作成手数料(数万〜十数万円)、不動産があれば信託登記の登録免許税(土地0.3%・建物0.4%)と登記報酬がかかり、総額で数十万〜100万円超が目安です。財産の内容と設計の複雑さで大きく変わるため、複数の専門家に見積もりを取ることをおすすめします。
- 親が認知症と診断されたら、もう家族信託はできませんか?
- 診断の有無だけで一律に決まるわけではなく、契約内容を理解できる判断能力が残っているかどうかで判断されます。軽度であれば、公証人や専門家が本人の意思確認をしたうえで組成できる場合もあります。ただし進行してからでは選択肢がなくなるため、検討するなら一日でも早く専門家に相談すべき分野です。
- 家族信託をすると相続税の節税になりますか?
- なりません。家族信託は財産の管理・承継の仕組みであり、税務上は受益者(典型的には親)が財産を持ち続けているものとして扱われます。親が亡くなって受益権が子に移れば通常どおり相続税の課税対象です。節税を目的とするのではなく、資産凍結の防止と承継の円滑化を目的とする制度と理解してください。個別の税務は税理士に確認を。
- 家族信託と遺言はどう違いますか?
- 遺言は亡くなった時の財産の行き先を指定するもので、生前の財産管理には効力がありません。家族信託は生前の認知症対策として機能したうえで、受益者連続型にすれば「妻の次は長男へ」のように二次相続以降の承継先まで指定できます。一方、信託していない財産には信託の効力が及ばないため、遺言と組み合わせて使うのが実務では一般的です。
- 受託者になった子は自由に親の家を売れてしまうのですか?
- 受託者は信託契約で定められた権限の範囲でしか行動できず、売却代金は受益者である親のためにしか使えません(分別管理義務・忠実義務)。とはいえ事実上の使い込みリスクはゼロではないため、信託監督人を置く、受託者以外の家族にも通帳や帳簿を開示するなど、設計段階で牽制の仕組みを入れておくことが推奨されます。